「勤務医って開業医とはお給料が全然違うからね。決して高くないお給料で長時間使い回されてるはずなんだけど、なかなか落ち着いたいい先生じゃないの。礼儀正しいし」

「それは私もそう思います。お医者さんがあんなに腰が低いなんて思っていませんでした」

「そうでしょ。私、医局の看護師さんにも知り合いがいるんだけど、先生、どこに行っても気配りの人で評判がいいのよ。看護師の中にもファンが多いみたいよ。でも、ああいう人に限って既婚者なのよねえ」

江波さんはあたかも独身OLであるかのような口ぶりだ。

「お姉さんは誰かいい人いないの?」

「私、ですか?」

今度はこっちに来た。

「残念ながら彼氏はいませんねえ」

こんなおばさんに「ハイ」なんて答えたら噂にされそうだけど、そんな心配をする必要はなかった。

「あら、そぉう? まだ若いのにもったいないわね。あなたいくつ?」

遠慮なくきいてくるところが彼女らしい。

「26です」

「あら、じゃあいいお年頃じゃないのぉ。あたしたちが若い頃は25までが結婚適齢期って言われてたけど、今は30前後までお嬢さんでいられるでしょう。出会いなんていっぱいあるわよぉ。あなた工員さんだったわよね? 職場に誰かいい人はいないの?」

「いえ、なかなかそういう人はいないですねぇ」

咲子は愛想笑いを浮かべている。職場には主婦が多いから、こういうあけすけな話し方をするおばちゃんにも慣れている。

「私も誰か紹介してあげられたらいいんだけどねえ。うちの人はお見合いで知り合った地方公務員なのよ。お見合いっていうのもなかなかいいわよ」

夫の職業を言う江波さんは少し得意げだ。

そんなふうに自慢できる夫を持つ妻の気分ってどんなだろうかと思う。咲子の母親が、長距離バスの運転手だった夫をそんなふうに人に語ることはなかった。

お見合いがいいと言われても、咲子がそんなので公務員なんて紹介してもらえるとは思えない。

見合い話自体来るとは考えづらい。そういうのは実家暮らしで会社勤めをするOLで、そこそこ堅い家のお嬢さんに来る話ではないだろうか。