「あの、紹介とかそういうのは……」
「さぁ、どうぞ、お姫様」
偶然なのか、わざとなのか、よくわからないけれど、私の「紹介はいらない」の訴えが、見事に遮られる。
わざとなら、この目の前の男に恨みがましい視線を向ければいい。
でも、偶然だとしたら……今日は、大きい事でも、小さい事でも、本当についてない1日だとしか言いようがない。
「……有難うございます」
重そうな鉄の扉を、片手で押し開きながら、私の肩を抱いて中へと促す春斗さん。
結構な重量がありそうな扉は、見ていてなんだか開けにくそうで、ずっと春斗さんに開けさせたままの状態で、話しをするのは気が引けた為、私は喉から出かかった拒否の言葉を、一旦強引に呑み込んだ。
「どういたしまして」
頭上から、優しげな声が私に注がれ、落ち着かない気分にさせられる。
仕方なく、私は促されるままに扉をくぐり抜ける。
「ようこそおいで下さいました」
フッと俯きがちになっていた顔を上げた瞬間、ニッコリと笑顔を顔に貼り付けた、少し若めの店員さんが、頭を下げた。
バタンッ……。
私の背後で、ゆっくりと扉がしまった音が聞こえた。
きっと、私と自分自身が通り抜けたと同時に、重い扉を押さえていた春斗さんの手が離されたのだろう。
「ハートのキング、皆様、特別席の方にいらっしゃいます。そちらへのご案内でよろしいでしょうか?」
若い店員さんが、手にメニューを抱え、春斗さんに向って確認してくる。
その背後では、小波のように、小さく小さく店内にどよめきが広がっていく。
食事をする所なせいか、1階のダンスホール程は露骨なアピールではないけれど、店内の人々の視線が、チラチラと春斗さんに向けられているのがわかる。
ヒソヒソと囁き合う声の中に、微かに『ハートのキング』の言葉が混ざり込んでいるのが聞こえた気がした。
……一体全体、何だって言うのよ。
露骨なアピールと違って、容易に無視を出来る程度の視線の嵐は、対応に苦慮するレベルのものではないけれど、やっぱり鬱陶しい。
春斗さんは自分が『ハートのキング』で、私が『ハートのクイーン』になったからだって言ってたからだけど……その言葉だけでは状況は掴めないし、現状把握ができていない以上、やっぱりどう対応していいのかわからない。
ひとまず……
とにかく、早くここから逃げたい。
