「気にするな。ここはいつもこんなもんだ」
私の気持ちに気付いたののか、春斗さんは私を引き寄せ、肩を抱くようにして、俯く私の耳元で囁く。
しかし、私にとって、それは何の慰めにも気休めにもならない言葉でしかない。
『気にするな』と言われて気にせずにいられるようだったら、初めから気になんてしてないっての。
「皆、シンデレラになった藍花ちゃんが羨ましいんだよ」
えっと、それって、王子……というか、キングに見初められて、クイーンになったから的な感じ?
とんだナルシスト発言ですね。
思わず、白い目で見ると、私の考えている事が伝わったらしく、春斗さんが苦笑する。
「別に、俺に選ばれたからって話をしている訳じゃないよ。ここは、ちょっと特別なルールで楽しむ遊び場でね、『キング』や『クイーン』っていう称号が最高のステイタスになるんだ」
特別なルール?
『キング』や『クイーン』の称号がステイタス?
春斗さんの言っている事が理解出来ずに、思わず首を傾げると、「後で説明するよ」と言われて、上層階へと通じているのであろう階段へと促された。
どうでもいいけど、もう逃げる気力は損なわれたので、無意味に密着するのはやめて欲しい。
人と人、特に初対面の人とは適度な距離感というのが大事だという事を、この人は知らないのだろうか?
春斗さんがダンスホールに留まらないのを見てか、背後から落胆の溜息が聞こえる。
私も、それに合わせるように、疲労の溜息を吐きだした。
