「……別に、とって食おうと思っている訳じゃないよ」
暫く無言で私を引きずるように前を歩いていた春斗さんが、不意に不貞腐れたような口調でそう呟いた声が耳に入ってきた。
……いや、力ずくを実行中の現状では、その言葉は説得力9割カットだから。
不満そうな彼の呟きに、怒りを通り越して呆れてしまう。
「俺はただ、藍花ちゃんの事が気に入ったから手に入れたいだけで……」
ボソボソと聞こえた声は、反応に困るものだったから、敢えて聞こえないフリをしてスルーしておこう。
大体、私達はまだ会って数時間しか経っていない仲だ。
しかも、出会い方だったかなり微妙だし、その後のやり取りだって、決していい感じの雰囲気になるようなものではなかったはずだ。
そんな状況の中で、「気に入った」と言われて、「はいそうですか」と納得する訳にはいかない。
ましてや、「手に入れたい」だなんて言われても、微妙な心境にしかなりえない。
一目惚れってのがこの世に存在しないとまでは言わないけれど、今までの流れ上、彼のその言葉は、それとも違う気がする。
何て言うか、どちらかというと、ショッピングに行ってたまたま気に入ったものを見つけたから、それがどうしても欲しくなったと言う感じのイメージの方が近い気がするんだよね。
「藍花ちゃん、聞いてる?」
「え?何ですか?」
私からの反応がない事に気付いて、彼がチラリッと後を振り向くから、惚けたフリをすると、彼は眉間に皺をよせて「いや、別に」と気まずそうに答えて前を向いてしまった。
実際、私達が今歩いてる店内は、音楽と人の声や物音に溢れかえっていて、音声を聞き取り難い状態だから、私がわざと「聞いてない」のか「聞こえてない」のか判断するのは難しかったんだろう。
