KINGDOM―ハートのクイーンの憂鬱―




「いえ、だから!!」

「ほら、さっさと行くぞ。他のメンバーに紹介するから」

「ちょっ!!」



私の手首を掴んで引っ張り、また、強引に先へと話を進め、場所を移そうとする春斗さんに抗うように、足を突っ張る。

しかし、よく磨かれてピカピカの床は摩擦が少なく、ヒールでは踏み止まる事も出来ず、ズルズルと引きずられてしまう。

最後の救いを求めて、視線を彷徨わせ、傍らにいた城さんを見つめると、ニッコリと穏やかな笑みを浮かべられた。



「灰島様、ご心配には及びません。KINGDOMには厳しい戒律がございますので、いくらハートのキングと言えども、金銭と引き換えに無体な事を強要するような事は許されませんので」

「あ、そうなんですか?」


あ、それはちょっとホッとするかも……。

いや、でも、それ以前にあまり良く知らない人に無意味に奢って貰うっていう事自体が、やっぱり社会人としてどうかと思うし、問題はそこだけじゃない気もするけどね。


「おい、お前は俺を何だと思っているんだ?俺はそんな事はしない。相手を手に入れるなら心ごとってのが、俺の心情だからな」

「おや、それは大変失礼致しました。灰島様が不安そうなご様子でしたので、参考までにと思いまして」


口では謝っているのに、全く反省している雰囲気も見せず、城さんがニッコリと微笑む。

彼の後ろに、地獄の番犬と呼び声の高い、ケルベロスが見えた気がしたのは気のせいだろうか?

彼の言う『戒律』というものと、それを破った時の処遇が物凄く気になったけれど、それを確認する前に、「チッ」と小さく舌打ちをした春斗さんに引きずられ、城さんに手を振って見送られてしまった。