「おいっ、桜鬼神どうかしたのか?」




突然、体を揺する声に
重い瞼を開ける。




視界に映るのはボクを忌み嫌うはずの
珠鬼と、鬼の民たち。




「なんでだよ。
 なんでお前はそうなんだよ。

 咲鬼姫さまを殺した。

 それだけなら、俺たちは何処までも
 お前を憎むことが出来たし、
 お前を憎み続けることで、
 前に歩いて行くことも出来た。

 だがお前は、悪役だけで終わってくれない。

 お前を追い詰めた俺たちの為に、
 どうして、助けるんだよ。

 そんなボロボロになりながら」


珠鬼は和鬼に見せるその貌【かお】で
ボクの隣に座り込む。


「見ててわかった。

 お前が守りたいものは、咲って言う名の
 俺が紅葉に教えられて、鬼の世界に引きずり込んだ少女。

 アイツは、和鬼が愛し続けた咲鬼姫の御霊が転生した御身。

 鬼と人の狭間に居るお前にとって、俺は人を惑わした墜ちた鬼。

 守らずとも、その剣で貫けばいいだろ。
 なのに、何故応戦しない?

 戦わない?

 暴徒と化した他の鬼には、
 容赦なくその剣で屠る【ほふる】お前は、
 俺にはその剣を一度も向けない。 

 鬼狩の剣を鞘から解き放つことなく、
 桜吹雪で応戦し続ける。

 挙句、お前だけが矢に犯される」


民人たちがボクと珠鬼を取り囲む中、
ボクの隣に座り込んでいた珠鬼は「矢を抜くぞ」っと
一言告げて、一気にボクの体から抜き取る。

苦痛に歪むボクを珠鬼は
自らの体で抑え込むと、
すぐに傷口を水で洗って秘石(癒石)と共に手を翳す。



秘石と呼ばれる、
宝石は珠鬼の一族の家宝。


珠鬼が昔から受け継ぐ癒石の波動と、
珠鬼の思う気が混ざり合って流れ込んでくる。




珠鬼の優しさが、
ボクには暖かかった。




「なぁ、鬼狩は本当に和鬼なのか?」




珠鬼が手当をしながら、
ゆっくりと呟いた言葉に、
ただ何も言葉で返さず、
まっすぐにその瞳を見つめ返した。






珠鬼は、ヒーリングの手を休めることなく
小さく溜息を吐いてボクの肩に手を当てた。



矢に刺された傷跡は、
癒石と珠鬼の力で塞がったのがわかる。



だが珠鬼は
その手をやめようとしない。





ボクの体が、ボク自身の呪詛によって
どれだけ蝕まれてしまっているかを
感じてしまっているから。