「大丈夫ですわ。

 桜鬼神の守りし結界を覆うように、
 氷蓮(ひれん)が修復してくださいました。

 暫くの時は作れますわ。

 鬼神の名を持ちしもの。
 今は休まれているはずでは?」



そう言うと、優しい眼差しでその女性は
ボクの目を捕えて微笑みかけた。


柊さまと少女たちに呼ばれるその女性からは、
蒼龍の神気を感じる。


ボクは、目の前に居るこの者たちが
今の龍人の御子たる存在なのだと繋がった。



一花や咲のように、
鬼のままのボクが視える存在が多い集団。



ゆっくりと立ち上がって、
桜の木へと手をあてる。



幹に触れると流れ込む、
この世界の出来事。




流れ込む膨大なビジョンの中、
ただ一つ、ボクが知りたい映像は
どうやって咲が、導かれたか。



咲の根底にある、
その心の闇を感じたかった。



……見つけた……。



神木は記憶を映し出す。



一花たちと一緒に買い物を楽しむ咲。

買い物を終えて咲は一花たちと離れて一人
別行動をしていく。



そこで出逢った少年。 


その少年の母親は、
咲の母、その人。



その人は、咲を見ても
その名を紡ぐことはなく、
咲の心のヒビが広がっていく。






……咲……。








そしてそのヒビは
広がり続け、
咲はデパートから飛び出した。


あの日、一花によって手渡された
咲からの誕生日プレゼントが
入った紙袋を残して。




外に飛び出した
咲の元に降り注ぐ雨。




その雨事態も異質な雨で、
季節外れの紫陽花が咲く、
その場所で、白い魔手を手に取った。






幹に触れた手を離して、
ゆっくりと目を開く。






……咲……。









人の世に意識が戻った時、
少年は目をこすりながら、
欠伸をかみ殺してボクを見つめる。






「どこかに行くのか」




その問いに、ゆっくりと頷くと、
再び、桜の木へと手をあてる。




開いた回廊の中に、
ボクはその身を投じていく。




ボクは咲の住む世界を守りたい。


咲鬼から託された
鬼の世も守りたかった。


国主としてそれだけに
集中することが出来れば
こんなにも国を乱すことはなかったのかも知れない。


願いだけが今も空回りしていく。



たくさんのことをやりたい。



やりたいことを思い始めたらきりがない。



だけど……全部を同時にしようとしても
何も出来ない。



だから……この手に触れるものだけを
一人ずつ確実に守って行きたいだけ。