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……約束したんだ……





遠い昔、
ボクはボクの大切な人に。



*



気を高め、力を集中させて
ボクは鬼の証である角をゆっくりと隠す。


次にゆっくりと目を閉じて一呼吸置き、
息を吐き出しながら、
呼吸をゆっくりと変化させていく。


全てを操る生吹【いぶき】という名の
呼吸にボクは切り替える。


体内を巡る気が一定に満ち足りて安定したのを
感じ取ると、再度、気を集中させて辺りの気を纏い、
一気に散らす。




ゆっくりと瞳を開くと
そこには人の姿をかたどった
ボクが存在した。


この姿を維持したまま、
ボクはゆっくりと人間界の門へと続く、
あの桜の木へと向かう。



合わせ鏡になる桜の木に
ゆっくりと手を翳し、人間界へと続く
異空の門を開くとその中へと一気に吸い込まれる。


吸い込まれ辿り着いた場所は…
人間界の桜の木。




……そう……。

あの咲と言う少女が
ボクを捉えた、あの桜塚神社の御神木。


桜の木が繋げた異空間から
ボクはゆっくりと抜け出すと、
静かに掌を幹へと翳した。


異空の扉は、
ゆっくりと閉じていく。


異空の扉が閉じたことを確認すると、
ボクは陰に身を隠しながら、
今日の仕事の場所まで、移動を始めた。



確か……、
有香【ありか】マネージャーの連絡だと、
今日は雑誌のモデルと、
音楽番組の出演だったはず。



人の姿を模した、
仮初のボクの名は、
由岐和喜【ゆき かずき】。


和鬼ではなく、
ボクが演じる人としてのボクの時間。


狭間の中、発狂しそうになる時間の中で
ボクに手を指し伸ばしたのは、
鬼の同族ではなく、人だった。


人の心に触れ、人を知りたくなった。