咲がいれば、それでいい。


ボクには、
もうYUKIである必要はないから……。




人の世に戻った後、真っ先にYUKIとしても
咲を守りやすいように、弱まっていた人の記憶を
強固なものにするため、鬼の力で操った。


だけど……すぐには、
事務所にも有香にも連絡することが出来なかった。



咲久と咲と一緒に住む家。


朝、鳥の囀り【さえずり】を聞きながら
由岐和喜としての目覚めの時間。

YUKIの仕事を続けているように、
咲に心配かけさせぬようにと、
装いながら咲を見送り、
神木の回廊を渡って桜鬼神としての役割を務める。

そして……鬼の世界での、
もう一つの大役。

国主としての時間。
咲鬼が託してくれた世界【国】を守ることも
ボクの務めだから。


そんな日々を繰り返す。


神木の回廊を通って、
人の世に戻った後、社の裏側で由岐和喜としての依代をとって
自宅へと戻ろうとした時、
見慣れた車が、神社の方へと入ってきた。


「YUKI」


車から下りてきたのは有香。


ボクが連絡を取らなかった間、
かなりボクを探し回っていたらしい彼女は
酷くやつれて見えた。


「……有香……」

「YUKI……声、戻ったのね」



彼女はそう言うと、
お社へと続く石段にヘタヘタと腰掛けた。



「咲が声を取り戻してくれたから」

「……そう……」

「どうしてこの場所に?」

「YUKIを探しに……。
 
 貴方が声を失って、
 突然居なくなってしまったでしょ。

 その直後から事務所に
 ファンレターやファンメールが殺到してるの」



そう言って有香は立ち上がると、
車の中から段ボール箱にぎっしりと詰まった手紙やメールを
ボクへと手渡す。


「音楽って素敵よね。

 YUKIの歌は、咲ちゃんの為に歌い続けていたものかもしれないけど、
 たくさんの人の心に寄り添って、力をあげていたのね。

 帰ってらっしゃい。
 YUKIを待つ、皆の世界へ」


有香はそう言うと、
ボクの前にゆっくりと手を差し出した。