「……咲……」

「何度でも私は繰り返して
 言い続けるよ。

 和鬼は私にとって最愛の存在だもの。
 
 ようやく見つけた、
 ようやく出逢えた……最愛だもの。

 だから……帰ろう……」



今も躊躇【ためらい】続ける和鬼に、
私は自らの唇を軽くあわせる。



たったそれだけで、私の中に流れる和鬼の血が
呼応するように高鳴る。


自分からこうやって重ねるのも、
こんなにも焦がれるのも、
後にも先にも和鬼が初めてだよ。




甘やかな時間が静かに流れる……。




「……咲……」

「さっ、和鬼も新しい一歩踏み出すんだよ」



和鬼の前に自分の手を差し出す。

暫くの間、目を閉じていた和鬼は
……覚悟を決めたように
その切れ長の瞳を開けて私の手をとった。



それを受けて私は和鬼の住む世界に
背を向けて走り出す。



この世界から目を逸らすことは
出来ない。


だから、いつかこの世界にも色を取り戻してあげたい。



この世界の色が和鬼の寂しさから
失われたものであれば
その寂しさから解放した時、
この世界の色も戻るかもしれない。


そして……それが出来るのは……
私だけだって強く信じたい。



外へと繋がる空間に和鬼が
ゆっくりと手をかざす。


空間が歪められて次に視界に
広がる場所は……見慣れた
……桜の木の下……。