「……和鬼……。
 もういいよ。

 自分をもう許してあげてよ。
 
 咲鬼もあの時……逃げたの。

 咲鬼はね、鏡の世界の中に入って
 和鬼が抜き取った記憶も思い出してるの。

 和鬼は咲鬼の全てを守ろうとしてくれただけ。

 咲鬼は、和鬼の優しさに甘えて現実から目を背けて逃げだした。

 ごめんね、和鬼を永い時間苦しめて。


 和鬼……前言撤回。
 今……咲鬼の記憶取り戻した。

 今だけだよ。

 今だけだからね。
 私は咲鬼に縛られるつもりなんてないから。

 だけど和鬼にとって、咲鬼の存在が許しを請うのに必要なら
 私が咲鬼として和鬼を裁く。

 解放させてあげる。

 和鬼、咲鬼に絡めとられた糸を断ち切ってあげるよ」



彼女はボクに向かって、その刀を振り下ろす。


一刀された後、チャリンっと
金物【かなもの】が音を立てて地面に落ちる。




「桜鬼神。

 汝の罪は裁かれた。

 この後は私をいっぱい幸せにして、
 和鬼も自分の幸せを見つけるように」



彼女はふざけたように
くだけて笑いながら涙を流した。


彼女が切り落としたものは、
あの日……、
咲姫が和鬼に手渡した首飾り。


咲鬼を忘れないように自らを戒めるように、
首輪となった枷【かせ】である、首飾りを迷いもなく一刀した咲。


目の前で涙を流しながら微笑む彼女を
ボクはゆっくりと抱きしめる。



色を失ったボクの住処に、
ゆっくりと光が差し込む。





「和鬼……帰ろう。

 ここは和鬼にとっても
 咲鬼にとっても大切な世界だけど、

 この場所以外にも私たちには
 帰る場所があるから。

 お祖父ちゃんは私が説得する。

 由岐和喜の住処。
 我が家にしよう。

 そしたら人の世にも、
 和鬼の家は出来るよ。


 和喜の家でも、私とお祖父ちゃんは
 和鬼の家だって知ってる。

 一花先輩や司だって受け入れてくれると思う。

 それにうちの家だったら、ご神体の桜の木も近い。

 桜鬼神の仕事もちゃんと果たせるよ。

 咲鬼さんとの……誓いもね……」




力強く微笑んだ彼女は
ボクに手を差し出した。