穏やかじゃない。
「あいつは俺が夏まで付き合ってたやつだ。次の恋がうまくいかなくてむしゃくしゃしてるうちに魔が差して盗んだらしい。多分、俺がおまえに惚れてることを知って、そんで、どうにかして俺たちを困らそうとしたんだろ」
「そうだったの」
どこの誰だったか、未だに思い出せずじまいだが、そういう理由を抱えていたのなら、腹立ち紛れに彼を困らせてやろうと画策したとしても不思議じゃない。
かつての恋人が自分の別れたあと、やけに次の女にご執心だったりしたら、それこそ悪い。無用に彼女の神経を煽ったはずだ。
(でも、ていうことは何? あれは、わざとぶつかってきたの?)
窪川は気づいていないようだが、今の話は、わたしの耳にはどうにも不自然だ。
猫を盗んだ後で、偶然わたしにぶつかるだろうか。
まさか。――見せつけようとしたのだ、あれは。
そう気づくなり、たまらずわたしは苦笑した。
(そういうことね)
……あのような手段を使い、窪川本人ではなく、直接わたしを揺さぶる行為を仕掛けて来たのはさすがに女と言ったところか。見抜かれていたのだろう。
わたしも窪川のことを好きだと。
そうでなければ何の甲斐もなさない行為だ。
わたしが窪川に不審を抱き、遠ざければ、すこしは自分と同じ苦しみを味わわせられると思ったのだ。
(でも、だとしたら、いつわたしが窪川を好きだと見破られたんだろう)

