気づけば窪川の顔が間近にあって、菜々子はよろけてたたらを踏んだ。
「や、やだって」
「俺はおまえが好きだ。そう言っただろ。おまえに許してもらって、やっとスタートラインに立ったんだ。それなのに終わりになんてできるかよ。俺はこれからもおまえにしぶとくつきまとうぞ」
「やめて! ねぇ、よく考えて。わたしたちが一緒にいることにメリットなんてない。まっさらな状態に戻った今、わたしたちは今度こそ、別々の道を進むべきよ」
「やだよ。何だよメリットって。利点がなかったら一緒にいちゃいけないのか。好きになることに理由なんかないだろ。損得で恋愛なんかするなバカ!」
「損得の話をしてるんじゃない。わたしは、もっと広く物ごとを見てるだけよ。わからないの? わたしたちが一緒にいて、周りの人がそれを見てどう思うか考えて」
「周りのやつなんか関係ねぇだろ」
「なくない。たとえば、あなたのご両親は?」
詰め寄られ、窪川は眉根を寄せて押し黙った。
「お正月、あなたのお父さんに会ったとき、わたし、どんな顔していいかわからなかった。どうしてかわかる? わたしの両親が、あのとき、あなたのご両親を拒絶したからよ。あのときのことを思うと、わたしは自分を許せない。わたしだけでも面会するべきだったって、今でも悔しい気持ちになるの。きっと、あなたのご両親も複雑な思いをする。あなたがわたしを追いかけているのを知れば、嫌でもあのときのことを思い出して屈辱的な思いをすることになる。そんなのわたしは嫌なの」

