まだあなたが好きみたい


窪川は先ほどの自分のように菜々子の手を振り払った。

そもそも太さがある上、ダウンでさらに厚みの増した腕に、菜々子の手は小さすぎる。


「おまえが信じると言ってくれるまで、俺はここを一歩も動かない」


拗ねた子供のように言う窪川に、菜々子は困り果てて嘆息した。

卑怯だ。

泣きたくなる。

こんなところに置いて帰れるわけがない。凍死でもされたらわたしの寝覚めが悪いじゃないか。


(でも、それって……)


菜々子は思った。それというのは、わたしは彼の中に、凍死する覚悟を見て取ったということか。

単に、わたしを引き留めたくて大袈裟なことを言っているわけではないのだと。

彼の本気をそこに見たのだ。

そう気づいてしまうと、もう、いけなかった。

髪に触れ、葛藤し、惑い、逡巡した後で、菜々子はついに折れた。


「もう、許してる……あの頃のことはもう、わたしの中ですでに終わってる」


窪川の双眸に一条の光が差し込んだ。


「ほ、ほんとか?」

「許してる。あなたを、許す。それでいい?」


声に疲れが滲んでいた。

だがその反面、気持ちは穏やかだった。そして、軽やかだった。

長らく抱え込んできたものをようやく解放することができて、自分でも思いがけないほど、ほっとしている。