そうだ、わたしは、嫌いという感情を持つようになるまで、彼にはっきり物を言えなかった。
なにも窪川相手に限ったことではない。
自分より性格の遠い人を相手にすると、途端に舌がしびれて何も言えないばかりか、萎縮してすぐさま後ろに逃げてしまっていたから。
(じゃあ、窪川は、ほんとうに変わったのかもしれない)
――この人が言うことなら。
「あの、吉田さん」
「はい」
妙にかしこまって、すくうように夏原は菜々子を見た。
「その、窪川のことが好きなら、ひとつ、聞いて欲しいことがあるんですけど」
菜々子はとっさに周囲を見回した。
それを見て、夏原がおどろいたように目を見張る。
彼女の行動が示す意味を汲み取った彼はすぐさま、ちがうちがう、と手を振った。
「窪川ならいませんよ。何も、頼まれたわけじゃないですから。警戒するなぁ」
「いい人だと、付け込まれますよ」
「経験が?」
笑顔で鋭いことを言う。菜々子は曖昧に笑顔で流した。

