菜々子は顔を上げずに応え、置いていたカバンを下ろして場所を空けた。
別に彼らと約束をしているわけではない。
それに向こうもそろそろ終わる頃だろう。
近く、頃合いを見て戻るつもりだったのだ。
だが、ここで席を立ってはいかにも同席が嫌だったかのようで、彼らに無用な誤解を与えかねないと思い、もうすこし辛抱してみる。
「あけましておめでとう、吉田」
は?
吉田? いやに気安い声がして、顔を上げて菜々子は瞠目した。
喧騒の中での問いかけは意味を解するだけで限界で、誰かまでの判断には至らなかったが、顔を見れば、それは東の声にまちがいなかった。
しかし菜々子はとっさに声が出なかった。
東だけならすぐにもおめでとうが言えただろう。
なぜなら東の横には例の眼鏡の先輩が座っていたのだ。
愛想よく微笑みかけられれば、菜々子はかえってぞっとした。
スマートな印象を受けやすい黒縁眼鏡だが、先輩の睫毛ばかりが濃い一重まぶたにおいては、なくても下心があるかのようなやらしさを演出する。
円テーブルでは視線の逃げ場がなく、菜々子はやむを得ず東のほうに眼を向けた。
「お、おめでとう」
「ひとりなの?」
「有正と」

