「有正がいなくてよかったわね」
「いても俺は同じことをしたけどな」
菜々子を追いかけて、呼び止める。
迷いのない口ぶりに、皮肉を言ったつもりが逆に菜々子が反応に戸惑う。
「で、話でもあるわけ?」
公園のベンチに並んで腰掛けると、菜々子はできるだけ気だるそうに問いかけた。
「あ、ああ、実はちょっと頼みがあって」
お互いを避けようと、徹底してベンチの端と端、さらに背中合わせに腰かけた窪川の声がかすかに響く。
「はあ? あなたね、どの面下げてわたしに頼みごとなんてできるわけ? ばかじゃないの?」
「まあそう言うなよ。まだ何も言ってないだろ。有正相手には寛容なくせにケチな女だな」
「有正だから寛容なのよ。あなたに差し出す優しさなんかこれっぽっちもないわ」
「俺じゃなくて、俺のクラスメイトの頼みなんだよ。とりあえず聞けって」
クラスメイト?
だとしても、この彼が頼みを聞くくらいだ。
ただのクラスメイトではない。よほど仲がいい相手なのだろう。
窪川と親しいというだけで、偏見とは思いつつ、相手への印象はすでにマイナスだが、それではあまりに狭量だと菜々子は仕方なく口を閉じる。

