菜々子が言うと、東の虹彩がわずかに大きくなった。
眼鏡の先輩のことだと気づいたのかもしれない。
「なんか言い訳っぽかったけど、よく考えたら、わたしと関わりたくないはずのあいつが言い訳する理由もないから、やっぱり助けてくれたんだと思う。とにかく、あの日は何もなかったから。心配してくれてありがとう」
「そうか、それならよかった……」
菜々子は微笑んで頷いた。
「じゃあね」
同じ方角だとしても、いつかのように並んで帰る気には今はまだなれなかった。
東に対する拭い去れない警戒心が杞憂かどうか、菜々子には判断のつけようがない。
「あ、ああ、またな」
気のせいか、東の声に落胆が滲んだ。
そんな声を聞いてしまうと不思議と足が重くなって、立ち去りにくい。
心を許せる東だからこそ、信じたい気持ちがそうさせるのだと思った。
(そうやって裏切られたことがあるじゃない)
菜々子は、ずれかけた心の蓋を元に戻すとさらにそこに重石をのせて、足早にその場を離れた。

