人の顔色を気にする東だからこそ、菜々子の微妙な声音の変化に気づいただろう。

その瞳に戸惑いが揺れた。



「用ってほどのことでもないんだけど、こないださ、吉田、電車で無理やり窪川に連れて行かれたじゃんか。だから気になってて」

「気になって?」

「うん。あの後何もなかったかなって。大丈夫だった?」



大丈夫じゃなかった。

そもそも手首を掴まれた時点から全然大丈夫じゃない。


すぐそこで見てたくせに何を言っているんだろうと苛々しつつ、しかし菜々子は一刻も早く東と別れたい一心で嘘をついた。



「大丈夫だったよ」

「ほんとに? だってほら、あいつ中学で吉田に――」

「そのことは言わないで」



やんわりとたしなめたつもりだが、東はますます追い詰められたような、困惑した表情になった。

その中に悔しそうな色が混ざっているのは、己の粗忽さに対してだろうか。



「この前、あいつ本人はむしろわたしを助けたつもりだって言ってたの。よくわからなかったけど、なんかわたしのほうをちらちら見てる人がいたとか何とかで」