「用がないなら今度こそわたしはこれで帰らせていただきます」




三度も手首を掴まれたくなくて、今度は二拍ほど間を取って確認した。



彼は石になったみたいに微動だにしなかった。




菜々子はほっとした反面、掴まないのかよという、刺々しくも白けた気持ちになった。



身勝手な己に、腹の底からこみ上げる何かがたちまち頬を熱くした。





(この、意気地なし)





鼻から深く息を吸い込む。



あれ、と思った。




今のは、誰に放った言葉?




雑念を打ち消し、菜々子はできるだけ毅然と歩き出した。




砂を踏む靴音だけが響く。



この期に及んでなお期待が後ろ髪を引く。



しかし入り口に近づくにつれ、彼への期待は己の焦りへとその姿を大きく変容した。






このまま行ってしまっていいのだろうか。