「名前…名前は……」
あれ…?
まるで自宅の鍵を無くしたかの様に、そこに自分の全てがあるのに入れない。
自分の頭の中にある扉を、自分で開ける事が出来ない…
「名前……
分かりません…」
私が真剣に悩んで出した答えに、看護師は呆れた様に溜め息を吐いた。
「全く最近の若い子は…
自分が何をしたか、分かっていないのか…
それとも、分かっていてとぼけているのかね」
何を呟いているのか、全く意味は理解出来なかったが…
その言葉は呪文の様に、私の心を縛り付けた。
「い、いえ…
本当に、何も思い出せないんです……何も」
看護師は私を見つめながら、同じ台詞を繰り返そうとした様子だったが、目が合った瞬間に思い止どまった。
「ひょっとして…
あなたは、本気で言っているの?」
どうやら、私は記憶の鍵を無くしてしまったらしい…
何かがきっかけで無くしてしまったのか、それとも故意に棄ててしまったのかは分からない。
唯一分かっている事は、ここが病院だという事実だけだ。
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