とは言え、記憶の無い私に話題等全くありはしないのだけど…
「座りませんか?」
「あ、はい」
その人に言われ、私はすぐ左側にあった茶色いベンチに座った。
意外な事に、その人はまるで私が記憶喪失だと知っているかの様に私の事には触れず、自分の事だけを話した。
「僕の名前は高宮 陸斗。隣の市にある私立大学の3年生。
ちょっと背中を痛めて入院しているんだ。
話相手もいなかったし、よろしく」
「え…っと私は――」
「いや、自己紹介はまたいつでも良いから。
おっと、そろそろ病室戻らないと…
じゃあまた!!」
高宮さんは自分の事だけ話すと、すっと立ち上がり手を振って病棟の方に消えて行った。
何だかよく分からない展開だったが、嫌な印象は全く受けなかった。
「私も病棟に戻ろう…」
私も高宮さんが受付ロビーを去ると、追う様にして立ち上がり、エレベーターの 方に向かった。
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