「あ…
ありがとうございます」
軽く会釈してその男性の足元を見ると、茶色の革靴を履いき濃いグレーのスーツを着ていた。
するとその男性が、不意に奇妙な事を問い掛けてきた…
「君が、記憶喪失になっている人だよね?」
私は初対面の男性に、突然自分の事を聞かれて動揺した。
「な…
なぜ私の事を知っているんですか?」
顔を上げると、スーツ姿の男性はニヤリと笑った。
濃いグレーのスーツに綺麗に整髪された髪型を見れば、何か固い職業に就いている様にも見えるが…
その時、少し離れた場所から女性の厳しい声が聞こえてきた。
「あなた!!
そこで何をしているんですか!!」
私はその聞き覚えのある声に、反射的に身体が硬直した。
この少し低いしゃがれた声の主は、脳神経外科の看護師長だ!!
声のした方を見ると、看護師長が険しい表情で走ってこちらに向かって来ていた。
私は清水先生に許可をもらって出歩いている事を説明しようと、看護師長の顔を見ながら身構えていたが…
意外にも、看護師長の視線の先は私ではなく、その男性の方に向けられていた。
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