「ごめんなさい」
背中越しに彼に言うけど、彼は何も答えてくれない。
「今日、杏奈さんに……桜ちゃんは無理をしている。私に気を使っている。大好きなお母さんは亡くなったし、大人の勝手で引っ越しして環境が変わって、自分の居場所の為に私に気を使って無理してるって……言われて」
彼の広い背中がタメ息をつく。
「それで、つい桜ちゃんにあんな事言って……桜ちゃんを傷付けてしまった」
あんな小さな子を傷付けた。
「桜は嘘を付きませんよ。杏奈より郁美さんが好きって言うのは、嘘じゃありません」
そうだよね。ごめんなさい。
「さっき、桜ちゃんの部屋に行ったら、桜ちゃんが寝言で『お母さん』って言ってた」
そこでやっと
彼は私の方を向いてくれた。
「私じゃないの、桜ちゃんは亡くなった奥さんの事を呼んでいた」
ボソッと言ったその時。
泣き声が聞こえた。
桜ちゃんが泣いてる。
「しっ!」
私は人差し指を口元に当て、全て頭から追い払い集中する。
「郁美さん?」
急に態度を変えた私の名前を呼ぶけれど、私は家の二階をジッと見る。
聞こえる。確かに聞こえる。
「桜ちゃんが泣いてる」
「何も聞こえませんよ」
「絶対泣いてる!」
だって
しっかり聞こえるもの。
私は彼の身体を突き飛ばし、家に入って二階の桜ちゃんの部屋まで駆け上がる。



