「達也ごめんね。ただのくだらないケンカなんだ。私が悪いの。ごめん」
私は涙を拭いて達也に謝り、他人行儀に深く頭を下げた。
「いや、僕が悪い」
紀之さんは私に近寄って、優しく背中に手を回してくれた。
「……わかった」
タメ息と共に、達也はそう言い私の頭を乱暴に撫でるので、顔を上げると作り笑顔が見えた。
「何かあったら、俺の所へ来い」
私に言っている風に見せかけて、達也は彼に言っている。
「もう何もない」
紀之さんは挑戦を受けたように、達也に言うと達也は苦笑いをする。
「大丈夫か?」
頼りがいのある幼なじみ。
「うん。ごめんね達也」
しっかり謝るしかできない私。
「お騒がせしました」
紀之さんもそう言うと、達也は彼に目礼し、私の頭を軽く叩いて行ってしまった。
とんでもない人に、会ってしまった。
達也を見送っていると、隣でクシャミが聞こえた。
「風邪引いちゃう」
上着も何も着てないんだもん……って、私が彼の上着を着てたんだ。ごめんなさい。
「戻りましょう」
冷たい声を私にかけ、紀之さんは家に向かって歩き出す。
すごすごとその後ろを歩く私。
怒ってるよね。
自分の奥さんが、他の男の胸に抱かれてたんだもん。
今日は厄日だ。
家の敷地に入り
彼は足を止めて庭の桜の樹を見上げる。
大きな桜の樹が
夜風に吹かれて、葉が揺れる。



