隣に座っていいですか?これはまた小さな別のお話

「帰ってくれ」
強い口調で田辺さんは女性に詰め寄り腕を取るけど、女性は荒く振り払い彼をにらむ。

不謹慎だけど
綺麗な顔をしているふたりはお似合いだった。

元夫婦。

田辺さんの奥さんだった人。

複雑な思いで見ていると、門の外から『せんせいさよーなら。みなさんさよーなら』と、元気いっぱいの桜ちゃんの声が聞こえてきた。

しまった!
延長保育おかえりの列だ!

帰ってきちゃった。

大人達のドロドロとした思惑の中、黄色いリュックを背負い、水色の半そで園児服を着た桜ちゃんが「いくちゃん!」と、声を上げて門から走って私に抱きつく。

「いくちゃん。あそびにきてくれたの?さくらはうれしいです」
はきはきと言い
ギュッと抱きつき手に持っているドーナッツに気付く。

「わぁおやつだ!」
お日さまの匂いがする女の子は、私の笑顔がぎこちないのを知る。

「いくちゃん?」
可愛い目が不思議そうに思い、田辺さんを見上げ、それから……。

「桜?」
女性は膝を曲げ腰を降ろし
桜ちゃんの目線に合わせて微笑んだ。

桜ちゃんはためらいながら、田辺さんに助けを求めるけど、彼は何も言わない。

「桜のママよ」

女性は言い
桜ちゃんに手を伸ばす。
白く細く赤いネイルが艶めかしい。

「ママ?」
桜ちゃんは女性と田辺さんを交互に見る。

「そうよ。いらっしゃい」
優しい声を出すけれど
桜ちゃんは動かず、田辺さんをジッと見る。

田辺さんは低い声で

「そうだよ。桜のお母さんだ」
桜ちゃんに言う。



すると