その人は

 細く 色白で 綺麗な人だった。


そろそろ桜ちゃんが幼稚園から帰る時間だから、ドーナッツを作り持って行こうと門をくぐると、黒の高級車が停まっていたのでためらっていた。

お客様かな
お仕事関係かな。

桜の樹の下まで進んだけれど
お邪魔したら申し訳ないから
後から運ぼうと背中を向けたら玄関の扉が開いた。

タイミング悪い。

どうしよう
知らん顔でこのまま逃げようか。などと子供みたいな事を思っていたら「紀之さん、お客さまよ」と、女性の声がして驚いてしまった。

「いえ、隣のものなんです」
大人だから逃げるのもなんだから
振り返り女性を見ると

とっても綺麗な人だった。

艶のある茶色い髪は長く
黒の短めのジャケットに、サーモンピンクのフレアスカート
ベージュのインナーの組み合わせは
友人の勤めているファッション誌の表紙のようで
華のある美しさ。

「郁美さん」
女性の後ろから田辺さんが慌てて靴を履いて出てきた。

なんか
あまり
雰囲気がよろしくない。

「桜ちゃんにおやつを持って来たんだけど、お客様の車が合ったから、あの……後から、また来ます。すいません。ごめんなさい」

お仕事関係だと申し訳ない。
ただでさえ少ない翻訳家の仕事。
出版社の方かな?って逃げるように帰ろうとすると

「そろそろ桜が帰って来る?じゃぁ戻るまで待つわ」
女性は微笑み
田辺さんは苦い顔をする。

わけがわからない私の様子を見て
彼女は口を開く

「こんにちは。あなたがお隣に住んでいる紀之さんの恋人ね。さっき彼から話は聞いたわ。私は桜の母親です」

声も綺麗な人だった。