壁の絵





「あの絵は、有名な絵なのかなぁ・・・」
この店に来るたびに、ミナはその絵がよく見えるこの4人がけのボックス席へ座る。



ファーストフードのレストランの壁に掛かっているくらいだから、コピーモノの絵なのだろうけど、それでも十分すぎるほどそこに描かれている海の風景はキラキラと輝いていた。



日差しが傾きかけた海岸。



白い小さなさざなみが打ち寄せる砂浜。



小学生くらいの女の子と男の子が、その波間で戯れている。



あのふたりは、兄妹?



いや、アレは絶対、初恋の恋人同士だった方がいい・・・




そして、未来の何処かで出会って、はるか昔の思い出話に頬を染め合うの!




ミナは、その絵をじっとみつめながら、そんな想像にふけっているこの時が、たまらなく好きだった。




おかわり自由のコーヒーをすすりながら。




ハルキはいつも、そんなミナを見ていた。




あの娘は、あの絵を見ながら、一体何を考えているのだろう・・・?



いつも、ひとりでここへやってきて、しばらくあの絵をああやって眺めながら、コーヒーを数杯おかわりし、小一時間ああやって過ごしてから帰ってゆく。




この店を訪れるたびに、最低でも二杯のコーヒーをおかわりするミナ。
二杯目のコーヒーを注ぎに行くそのたびに、自分と同じ向きに座ってあの絵を見ているハルキの姿を目にしていた。




あの人も、やっぱり、あの絵が好きなんだろうな・・・ミナは思った。




あの絵には、見る人を引き込んでしまう不思議な魅力がある。




数日後。




ミナは、またその店を訪れていた。


そして、30分もたった頃、いつものように2杯目のコーヒーのおかわりを注ぎに飲み物カウンターへ向かった。



その日も、ミナの後ろの席にはハルキが同じように座っていた。




ミナは、空のカップを手にしたまま足を止め、ハルキに話しかけた。





「あの絵、お好きなんですね!」



「えぇ」
不意に話しかけられた、ハルキは短く頷いた。



「有名な画家さんの絵なんですかね?」
ミナは、ハルキに尋ねた。



「おそらく・・・僕も絵には詳しくないもんで・・・」



「そうなんですか、わたしもなんです。でもいつもここで、あの絵を見てるじゃないですか?だから、絵に詳しい方なのかな?って思ったんですけど・・・」
ミナはそう云って、照れ隠しのように微笑んだ。





「あなたこそ、あの絵が、そうとうお気に入りのようですが?」
ハルキは絵からミナへ視線を移した。



「はい、あの絵に描かれているのとそっくりな海岸で、子供の頃、わたしもあんなふうに男の子と遊んでいたような・・・そんな記憶があるんですけど、もしかしたら、記憶じゃなくて、あの絵を見ているうちにそんなふうに、思い込んでしまっているだけかもしれませんが・・・」
ミナは軽く会釈をして、カウンターへ歩き去った。



ハルキも、ミナに軽く会釈を返した。


そして、その背中へ向かってつぶやいた!


「僕がいつもここで見ているのは・・・君の背中とあの絵の額のガラスに写っていた君の笑顔だったんだ!」