「…おはよ。」

「うひゃっ、う、ぇ?」

背後から、というより頭上から。
のっぺりとした、単調でいてほんわりとした声が、緩やかに降ってきた。
唐突すぎたこともあって、日本語にならない悲鳴をあげてしまった。
らしくない。
無駄に、心拍数が跳ね上がった。

「……平気?」

高校生にしては、というより日本人にしては割と高めの身長の彼は、私の顔を斜め上から覗き込んだ。
びっくりしただけ、と頷く。

「…そう。おはよ、美桜。」

表情の変化が乏しく、彼の笑顔はなかなかに分かりにくい。
口数も少ない彼は、時々に誤解されてしまうけれど。

「うん、おはよ日向。」

鳥居日向(とりい ひなた)。
彼は中学時代からの友人で、高校も一緒だ。
何の偶然か、2年ともクラスが一緒。
料理が得意で、将来は料理系の専門学校に行くのだと、珍しく饒舌に語っていた。
あと、猫に好かれている。野良猫がやたらと懐く。
―羨ましい。
きっと、優しい人だからなのだろう。

「…寒いね?」

かくりと首を傾げられ、そうだね、と頷き返す。
私は猫には好かれないらしく、日向と一緒にいた猫に手をさしのばした瞬間に、猫は日向の膝に逃げてしまった。
あの時のことは、残念極まりない。

「指先が冷えるのは、勘弁だなぁ…」

ふぅ、と息を吐くと、鼻の頭が少しだけ生温くなり、また視界が白く輝いた。
日向が背中を丸めて手をポケットに突っ込み、また、寒いねと呟いた。