終戦間際の春だった。

苦しい暮らしの中、いつ召集されるかしれない男の元へ嫁ぐことを知らされた。

当時は親同志や親戚縁者の話し合いによって縁談が決まることが多く、肝心の本人達は結婚式当日に初めて顔を合わすということは決して珍しことではなかった。

フミも夫となる和夫という男の顔は祝言のその日まで知らないまま過ごした。


まだ16だったフミは初めて会う和夫をまっすぐ見ることもできず、ずっと顔を伏せていた。

そんな時、同じくまだ19になったばかりの和夫がかけてくれた言葉が
「まだ未熟な自分ではありますが、あなたが嫁いでよかったと思えるよう精進します」
という一言だった。

不安や淋しさでいっぱいだったフミの心に実直な和夫の一言が響き渡り、暖かな空気が流れた。

ようやく顔をあげれば、和夫の澄んだ瞳がまっすぐに自分に向けられていることを感じ、フミは
「私こそ不束者ですが、よろしくお願いします」
と再び頭を下げた。

式が終わるまで、二人が話したのはそれぞれその一言だけだった。


それでも、若い二人の短い新婚生活が始まった。
嫁ぎ先の和夫の両親や兄弟たちも厳しいながらもフミを家族として迎えてくれ、生活は苦しかったが、フミは和夫との生活にささやかな幸せを感じていた。


しかし。

そんな生活は二月と持たなかった。


和夫が召集され、戦地へと赴くこととなったのである。