「おばあちゃん。今度キッチン貸してくれない?」

3日前。フミにそう頼んできたのは、近所に住む孫夫婦の愛娘である沙織だった。

16になる彼女にとって、4日後に控えたバレンタインデーは高校の授業や部活動とは比べ物にならないくらい大切な日らしい。

年頃の彼女には心ときめかせてチョコレートを贈りたい相手がいるのだ。

しかしながら、それを両親に打ち明ける気にはなれず、そのため自宅ではその準備が出来なかった。
悩んだ彼女が頼ることを決めたのが、80を過ぎた今でも慎ましく一人暮らしを続けているフミだった。

可愛いひ孫の頼みを断る理由もなく、まして孫夫婦も知らない沙織の恋心を知ったフミは喜んで彼女にキッチンを明け渡す約束をした。

そして、今日の午後。
「失敗したら困るから」と多量のチョコレートと生クリームを買い込んだ沙織が静かなフミの暮らしの中に現れた。

日ごろテレビの音声しか流れない空間に、その時ばかりは沙織の明るい声が響き渡った。

きゃあぎゃあと騒ぎたてながら、一生懸命チョコレートを作る沙織の姿を、フミは茶の間からそっと目を細めて見ていた。


いつの間にかひ孫までもがそんな年頃になったのかと思うと、フミは不思議な感覚に襲われた。


16歳。それはフミが嫁いだ年でもあった。