小さな町の少し寂れた住宅街の一角。夕闇せまる中、甘ったるい香りがうっすらと漂っている。
出所は古びた一軒の小さな家だった。

古めかしい台所では、ほっそりとした白髪の女性が一人静かに佇んでいる。
この家の主にして唯一の住人であるフミだ。


甘ったるい香りは彼女が手にしている小さな鍋から漂ってきている。
鍋の中に見えるのは艶やかに光る茶色の液体。

真っ白な雪のような生クリームに溶かされたビターチョコレートを、フミはそっとオーブンシートを敷いたバットに流し入れた。

その表情はまるで15,6の少女のように紅潮している。



彼女にとって長い人生で初のチョコレート作りである。



昨年81歳の誕生日を迎えた彼女がチョコレートを作るに至った理由は3日前に遡る。