沙奈の気持ちは知っている。



彼方の気持ちも知っている。



だからこそ私は、この気持ちが自分を傷つけることくらい、覚悟していた。


だってふたりは、両想いなはずだから。




それからも私は、ほぼ毎日彼方のところへ来ていた。


時間は少しずつ、彼方の治癒を導いてくれている。


小説も、少しずつ進んでいた。




「なぁ未歩。なんでこの物語には、題名も登場人物の名前もないの?」



私が病室で原稿を進めていると、自分で軽く足を動かしてリハビリをしていた彼方が唐突に聞いてきた。



「ああ、これ?」



それ、沙奈にも美術室で聞かれたことあるな……と思いながら、私は続けた。



「私、物語が完成してから、主人公たちの名前をつけたいなって思ってるんだよね」