「あら、櫻井君」


「杉本」




給湯室の扉が開かれ、そこには杉本さんが立っていた。

まるで、タイミングを待っていたかのように。




「山本さんもお疲れ様。二人とも、どうかした?」


「いや、もう帰るところだ。杉本はどうした?」


「忘れ物してたのよ。今取ってきたから、これから帰るとこ」




にこやかな杉本さんの顔に、私はいたたまれなくなって給湯室を早足に逃げ出した。

『お疲れ様です』という小さな声は、二人に届かなかったかもしれない。




いつもはこんな時、すぐに圭都が追いかけて来てくれた。

その人影が近付いてこないことが、余計に私の気持ちを追い詰めていった。



給湯室からオフィスまではすぐだというのに。

この廊下がとても長いものに思えて仕方がなかった。



杉本さんの勝ち誇ったような笑顔が、私を見つめていたことを思い出す。

なんとも言えない敗北感が、私の足取りを重たくさせていた。




もしかしたら追いかけてきてくれるのでは、という淡い期待は、この短い道のりでは打ち砕かれるばかりだった。

歩くたびに小さく漏れるため息に、自分の気持ちが落ち込んでいくのがわかる。



私はそのままオフィスに戻ることが出来なくて、お気に入りのミーティングルームへと足を向けた。



今日は寒さがとても厳しい。

きっと。

澄んだ空気の気配を、あの部屋の窓なら感じることが出来るだろう。