「今日はコレにしようと思うんだ」




湊が取り出したのは金色の小さな円筒。

嬉しそうに笑う湊は、その円筒を空けて茶色の粉末を鍋に入れた。

お砂糖も一緒に。




「珍しいね。湊がココアを飲むなんて」


「たまにはね。ほっとするだろ?ココアって」




うん、と頷いて手際よくココアを作る湊の手元を見つめる。

鍋に入れられたココアに沸騰したお湯を少しだけ入れる。

火にかけてしっかり溶かし、そこにたっぷりの牛乳を入れる。

沸騰直前の温度でそのココアを混ぜ続け、火を止める頃には甘い香りが充満していた。




「時雨と暮らし始めた頃、時雨はよく眠れないことがあってね。憶えてるかい?」


「うーん、なんとなく、かな」


「まぁ、そうだよね。まだ時雨は小さかったし。その時にココアを作ってあげると、とても嬉しそうな顔をしてそれを飲んでくれたんだ」


「そうだったんだ」


「うん。甘くて温かいココアを飲むと、その後ウソみたいにこてっ、と寝ちゃってさ。それが可愛くて、ココアを作るのが上手くなったんだと思うよ」




本当に小さな頃のことなのでほとんど憶えていなかった。

でも当時は、平気な顔をしていたけれど今まで知らなかった人が家にいるのはどこか落ち着かなかった。

不安になって眠れなかった私に優しくココアを差し出してくれた湊を、ぼんやりと想い出す。

ココアもだけれど、あの時の湊の笑顔が私を安心させくれた事だけは憶えていた。