「お腹痛い……」

今日も黒川の相手をした。
もう夜も遅い。
廊下の静まり具合からも、皆寝床についているだろう。

「……気持ち悪い」

近頃はただただ無心だったが、今日は体調が優れないのか下腹部の痛みが治まらなかった。

白いワンピースキャミソールの上から腹を押さえのろのろと廊下を歩いていると、急に目の前の扉が開く。

「あーら茉梨亜じゃない、お勤め帰りかしらぁ?」
「え…?」

扉の奥から現れた男に、無表情だった茉梨亜の目が瞬く。

「誰……え、峯(みね)……!?」

流石の茉梨亜も目を丸くした。
一瞬見知らぬ男が現れたと思ったが、紫の髪色とその口調にとある人物が一致する。

「誰って、失礼ねェアンタ!」
「で、でも……なん、顔違……」

久しぶりに動かす表情筋は酷く引き攣った。
茉梨亜は普段のハッキリしたメイクにボブストレートヘアーの、派手な女物の服を着ている峯しか知らないわけで。

「ハァ?メイク落とさないとお肌に悪いじゃなぁい。ねーアンタトリートメント持ってない?」

シャワーでも浴びた後なのだろうか、紫の髪は額から掻き上げられラフな服にノーメイク。

メイクの力って怖い、などと思いながら茉梨亜は口を開く。

「えっと流さないやつ……?他の女の子は持ってるんじゃないかな……」
「アンタは使わないの?」
「うん」

自分なんて、と思っているので、用意されたケア用品など使った事がない。なので何が自分の部屋やシャワー室に置いてあるのかもよく知らなかった。

「呆れた、アンタ女の子でしょぉ」
なんて、長身の高さから呆れたがちに見下ろされる。

「……峯ってそんな顔だったんだ」
「何よ」
「な、なんでもない」
峯は女顔なのかと思っていたが、案外切れ長の目に男性的な作りをしていた。

(どんなメイク道具持ってるんだろ)

「ちょっと茉梨亜?」

扉が開けっ放しだったのをいい事に、するりと峯の横脇を通って茉梨亜は部屋へと踏み入った。