ほんの気まぐれか、彼は私を見逃してくれる様だ。


「……ぅう、」

私は引き攣った足腰を奮い立たせ、彼の前から一目散に走り出した。


木々を抜ける。

腐葉土を踏み付け、早く――


早く離れなければ。



そこで、背後に気配を感じた。





――彼が、


黒い主が、私を追い掛けて来ていたのだ。


「いやぁぁ、なんで!?」


見逃してくれた筈なのに。

あれは一時の忠告であり、彼はもう、歯止めを外してしまったのか。


あの脚の速さに、私の恐怖で感覚の疎くなった足など敵うはずもない。

いや、そもそもあれに速さでも力でも勝てる筈などないのだ。



「――――娘」


彼は案の定瞬きの間に私に追い付き追い越し、私の前に立ち塞がった。




そして






「――娘、落とし物だ」