「――ねぇ先生?この主人公、ここでなんて言ったんですか」


読んでいた僕の書いた小説から顔を上げて、葵は何処か怪訝そうに訊ねてきた。


「それかい?君は何だと思う?」


そう問い掛けを投げ返すと、葵は微かに口を尖らせて答える。


「――“もう嫌だ”、ですか?」


「ふむ――」


僕はこの時執筆した自分の心境を思い返しながら、小さく肯定した。


「まぁそんなものだよ」


「えー、ちゃんと答え教えてくださいよ」


再び原稿に視線を落とした僕の後ろから葵がせがむ。



「葵さん、小説は読み手が好きに解釈してくれる事が醍醐味の一つでもあるんだよ」


そう言うと、それでも葵は腑に落ちない様な顔だ。


「まぁ――先生がそう言うなら無理に尋ねませんけどっ。あ、洗濯物出しておいて下さいね」

葵は僕の湯飲みを持ってきた盆を手に取り直し、部屋の襖を開く。


「後お昼に佐井松屋さんの特価時間がありますから、先生も手伝ってください」

そしてそんな事をにこりと。

家主に茶を出し家事も熟し、八百屋の安値時間も把握しているこの娘――

宮田さんの親戚だというこの臨時の家政婦は、充分事足りる人選だ。


「外へ出るのは億劫だなぁ」

呟き机に突っ伏す僕を尻目に襖を引きながら、葵は容赦のない叱咤を投げる。


「冬でも定期的に虫干ししないと、身体に黴が生えますよ先生」


季節を感じるのも小説に組込めるでしょう、と齢十六とは思えない言い回しをしながら、葵は部屋から離れていった。


「――季節ねぇ」



中庭に目線を向けると、一昨日降り積もった雪残りが朝の日に光っていた。




―了―