「この人、痴漢です!」



梨香が大声をあげて、チカンの手を掴んだ。



電車が駅に着いたのをいいことに、チカンは梨香が手を掴んでいるにもかかわらず逃げていく。



チカンに引きずられていく梨香を、男子たちが追いかける。



私はとりあえず安心したのか、その場にへたりこんだ。



気を失ったわけじゃないけど、後のことはあまり覚えてない。



覚えているのは、私の目の前に差し出された腕。



「怖かったでしょう?」



顔を上げると、いつものように優しい表情をした坂下がいた。



縋ることなんて許されない、この世で一番欲しいと思っている人の腕。



今だけ、だから…。



自分にそう言いきかせて、私は坂下の袖を掴んだ。