「ただいまー」


 誰もいないことはわかってる。わかってるけれど、言いたかった。かばんをドサッと床に置く。


 飼い猫のななが寄ってくる。



「なな、来てくれたんだ」



 わたしはななに頬ずりをする。わたしのうちは、母子家庭。さっきの坂本の話からすると、わたしにもちゃんと父親がいるらしい。


 でも、家に働き手がいないわけだから、母さんが仕事をしている。
 母さんはメイクアップアーティスト。


 けっこうな腕らしくて、テレビに出ているような女優さんのメイクをしたりしている。


「洗ったり乾かしたりするの、めんどくさいから」と言って、昔は長かった栗色の髪はバッサリと切ってしまった。ベリーショートほどではないけれど、普通のショートカットというところだろうか。



 性格は、結構クール。基本、聞かれたことしか答えなくて、でも、手際が良くて、みんなから一目置かれている。


「夫を早くに亡くした未亡人」ということで、多かれ少なかれ闇のオーラをまとって見えるらしい。


             「冷蔵庫にカレーがあるからね」


 母さんの置き書きがテーブルの上に置いてあった。

 母さんのカレーと言えば、甘口。「まだ子どもなんだから」と、いつも甘口のルウを使う。
「もう中からでも辛口でもいい」と言っているのに、やっぱり甘口を使う。


 冷蔵庫に入っていたカレーを出して、レンジでチンする。そして、水と迷ったが結局ほうじ茶を出してカレーといっしょにテーブルに並べる。


「いただきます」



 いつもの通り、あまーい味が口の中に広がる。わたしにも母さんの血が受け継がれているのか、多少クールなところがある。


 坂本とわたしが双子ならーーー。


 坂本にも「クール」なところがあるのだろうか。



 食べ終わったカレーのお皿を流しに運びながら考える。





 
 わたしと坂本、どっちの方が、上なのだろうか、と。