緋色の魅薬

ピタリと止まって動かない二人の視線。

電話はまだ唸り続けている。


「誰だろう……?」


不思議そうな顔で、明が席を立とうとする。

しかし、それを春樹が制した。



「いいよ、お父さんが出るから」


そう言って、春樹が席を立つ。
心なしか、明には、春樹が緊張しているように思えた。
受話器を取るのが、ゆっくりに見える。


「……はい、宮沢です」


暗い、緊張感のある声で春樹が電話に出た。

明は無意識に、電話の内容に神経を集中させる。


「はい、今日……え、今からですか?はい。わかりました……」


とても短く、あっけない会話が終わった。

春樹が受話器を置くのと同時に、集中の糸が切れる。

春樹は明を振り返ると、申し訳なさそうな顔をした。


「明、ホントごめん!今から行かなきゃいけない所があるんだ……」


頭にはてなマークが浮かんだまま、明は頷いた。


「うん。どこに行くの?私も行っちゃダメ?」


黒く、大きな瞳に光が灯る。

だが、春樹は迷わず言った。


「だめ、ごめんな。じゃあ、行ってくる……」