待ち合わせの「彼女」に・・・




その彼女を一目みたとたん、僕は恋におちた。



駅前のロータリーの時計台の下に、いくつか設置してある白いベンチ。



そのベンチのひとつの右端に、ちょこんと腰掛けているその彼女は僕と同い年くらいに見えた。


薄紫のブラウスにジーンズ。痩せ型で小柄、肩よりも少し長い髪を、初夏のやわらかな風に揺らしながら文庫本を読んでいる。


今、この時を逃したら、もう二度と彼女に会えないような気分に襲われ、勇気を振り絞って、声をかけたい衝動にかられた。



しかし、そんな大胆な行動の経験は殆ど皆無の僕には、即それを行動に移すだけのきっかけがなかった・・・


その時、不思議なことが起こった。


彼女の読んでいた文庫本から、薄い栞が風に煽られて小さく舞った。


そして、僕の足元へと落ちた。


僕は当然、その縁結びの栞を拾い上げ、彼女の元へ歩み寄った。


「どうも」
伏し目がちに、ちいさく彼女は微笑んだ。


僕は、栞をその指へ渡しながら。

「待ち合わせですか?」
思いもしない言葉を、口にしていた。


「えぇ、まぁ。そう、待ち合わせです」
彼女は楽しそうに、云った。

そのほほ笑みは、待ち合わせの相手と会うことが待ちどうしくてたまらないといった気持ちが現れているようで、僕の胸には虚しさがこみ上げた。


「うらやましいな。そんな笑顔で迎えられる男は、とても幸せものだなぁ~」


僕は、素直に本心を口にしていた。



「わたし、ちょっと小旅行へ出かけてました。それで、その彼に会うのは久しぶりなもので、とっても楽しみなんですよぉ!」



その言葉を聞きながら、こういう出会を風のいたずらって云うんだろうな・・・と僕は想った。


一瞬でこんなにドキドキさせられて、また、一瞬でその高まりを沈められてしまう。そんな出会い。


「じゃぁ僕はこれで」


「はい」


僕は、彼女から放れ、元いたベンチへ再び腰掛けて、おもむろに携帯を取り出して意味もなく眺めた。


彼女が待つ男。どんな奴だろう?



僕とは比べようもなく、いい男だということは想像できる。


背が高く、アイドルグループのメンバーの誰かに似ているようなイケ面で・・・


そんなことを想像しながら、僕はまだ彼女のことを諦めきれず、そのベンチを去ることが出来ずにいた。


その時、彼女に向かって勢いよく駆け寄ってくる小型犬がいた。



彼女も、ベンチを立ち上がり、その小型犬に歩み寄った。



そして、その小型犬を、抱き上げて頬ずりしている。



犬まで彼女にあんなに懐いていやがる!



飼い主の男は、どんなに強く彼女のハートと掴んでいるんだろう・・・



僕は、彼女に抱きかかえられているその小型犬にまで、強く嫉妬していた。


そして、彼女と同世代の女性が、彼女に歩み寄って話しかけた。


「おまたせ!やっぱり飼い主が一番よね~」


「ごめんね~。もう大丈夫、一緒に家に帰ろうねボブ!」
彼女は、抱きかかえた小型犬に話しかけた。



僕は、なぜか嬉しくなって、彼女に歩み寄っていた。



「メチャクチャかわいいワンちゃんですね~!」



「うん!この子が今は最愛の彼氏」



そう云ってはしゃぐ彼女の笑顔に、僕は今日、二度目の恋におちた。