「目を開けてごらん」

優しい声に促されて、目を開ける。眼下に広がる黒い海に浮かぶボロボロの船。まん丸で大きな青い月。ちらちらと月にかかる白い光の群れ。

「今日は人魚いないのかな?」

「星鳥があんなにいるんだ。そのうち食べに来るだろうね」

「そうだね。食べられちゃう前に写真撮らなきゃ」

人魚は星鳥が大好き。星鳥は人魚を恐れてるけど、月から離れられない。だから格好の獲物。青い月に赤い血がつくのも綺麗だけど、私は白い光が散りばめられた月の方が好き。
ボロボロの船に降り立つと、船長室からおじいさんが出てくる。

「……またお前たちかい」

見た目は完全におじいちゃん。車椅子に乗っているし、普通に喋れるのが不思議なくらいだ。

「写真撮って欲しいの。月と星鳥と私たちの」

「いったい何枚撮るつもりだか。この世界を写真で埋めつくすつもりかねぇ」

皮肉気な笑みを浮かべ、ぶつぶつ文句を言いながら、船長室へと戻っていく。

「ほんと偏屈な人」

「この世界は君の一部なんだから、君も偏屈ということだね」

「あそこまで偏屈?」

「どうだろうね」

曖昧に濁した彼を睨む。苦笑を浮かべる彼はとても愛らしい。だから笑ってしまうのだ。

「あなたは可愛いね」

「俺が可愛いなんて君もおかしな人だね」

そっと彼の鋭い手を握る。肩に顔を押しつけると、艶やかな羽の感触。
このまま彼の中に入りたい。その黒い身体で私を包んで欲しい。そうしたらずっと一緒にいられるのに。