「やっと思い出した?」

後ろをからかけられた声に振り向くと、私がいた。鏡で見たままのまったく同じ私。

「完全ではないようね」

少し困った顔をして、彼女は首をかしげた。

「どういうこと」

なんとか声を絞り出し問いかける。彼女はふふっと笑うと、腕を組んだ。

「さっき見たとおりよ。母親の再婚相手に虐待を受ける子と見て見ぬ振りをする母親。彼女はとても気の弱い人だったから」

そんな意味の問いかけじゃないんだ。すべてを知りたいんだ。見透かしたような顔が腹立たしい。同じ顔なだけに。

「分かっているとは思うけど、あの子は私達。いえ、正確に言うとあなたよ」

やはりそうなのだ。あれは私。戻った記憶はただただ暴力だけだった。寝ても覚めても怯え、感情がなくなっていくばかりの日々。本当の父が引き取ってくれるまでは。
しかし、そこからの生活はあまり記憶にない。ぼんやりと遠くで見ているような。
……遠くで見ているような?
思い出した。
そうだ、この女だ。
この女が幸せだけを奪ったんだ!
すべて耐えてきた私には何も与えずに!

「お前……」

声に力があるとしたら、呪いでもかけられていただろう。それほどおぞましい声になった。
全身全霊で睨みつけた女は、苦笑する。困った人ねとでも言うように、哀れみさえ込めて。

「まだわからないのね。あなたは幼い私が作り出した人格の一つ、偽物なのよ」

「そんなわけない! 私はお前のことなんか知らない! いきなり出てきて勝手なこと言わないでよ!」

考えるより早く怒鳴り散らしていた。
私の返答が気に入らなかったようで、女は目を細めた。

「じゃあ聞くけど、なぜあなたには幸せな記憶がないの?」

「それはっ」

答えられなかった。
だって私の幸せは、現実の世界には無かったから。

「あなたは空想の世界で遊んでいただけ。それに飽きたらず、私の人生を奪おうとしている」

今度こそ哀れみの視線を送られる。

「これでもあなたには感謝しているのよ。あなたが居なければ、壊れていたのは私だったから」

だけどね、と女は続けた。

「もう消えて欲しいの。あなたは十分役目を果たしてくれた。これ以上苦しまないで」

まるでそれが優しさだと言うように。
私を壊してゆく。

「今まで肩代わりをしてくれてありがとう」

リノヴァ、助けて。