暗闇の中を落ちる。夢の奥底へ向かって。

 いつの間にかリノヴァの手も、繭の感触もなくなっていた。
白い空間に立っている。目の前には、赤い扉がある。
それだけだった。慌てて辺りを見回しても、ただ延々と白いだけ。扉をよく観察しても、所々汚れがあることくらいしか見つけられなかった。まるでどこかのアパートの扉を持ってきたみたいだ。
銀色のドアノブに手をかける。ひんやりとしたそれは、呆気なく私を中へ招き入れた。
どこからどう見ても、普通のアパートだった。短い廊下の先にガラスの引き戸がついている。少し迷って、とりあえず先に進むことにした。泥棒にでもなったような気分で恐る恐る廊下を進む。引き戸を少し開け、中を覗く。

「っ!?」

衝撃が走った。そこには三人の人物がいた。動けずに固まっていると、妙なことに気がつく。誰も動かない。小さな女の子も、大人しそうな女性も、神経質そうな男性も。みんな固まっている。男性は足を上げた格好で。女性は泣いている子どもを抱きしめてうずくまっている。
つまり、男性は女性と子どもに暴力を振るっているらしい。
心臓が爆発しそうなほど、ドキドキしている。頭は冷水を流し込まれたように頭痛がする。すぐにでも逃げ出したい気分だった。その気持ちを押さえ込んで、扉を完全に開く。一歩踏み出したその瞬間、彼らは動き出した。男性の足が、女性の背中に当たった。女性が顔を歪め何かを叫ぶ。男性も何かを怒鳴っているようだ。子どもは女性にしがみつき、泣き叫んでいるようだ。
音は、何も聞こえない。ただ、目の前の光景が動き続ける。凍りついたように動けなかった。呆然と立ち尽くしている間に何回も足は振り下ろされた。男性がまた何かを言い、その場から掻き消える。まるで蝋燭の火が消えるみたいに、消えた。女性も子どもも同じように消える。