妖勾伝

レンを振り返る、アヤの困った顔。

助け舟を待つ、その表情。


レンも珀の勢いに圧され何も云えぬまま、ただ呆然とアヤのその後ろ姿を見送ってしまった。



静まり返る廊下ーー

アヤの手を引いて奥へと消えていった珀と入れ違いに、檜の廊下を静かにヒタヒタ此方へ歩いてくる紫乃の姿が闇から浮かんでくる。


珀に圧され立ち竦んでしまったレンの姿を見て、紫乃は小さく笑った。




「母様、
押しが強いでしょ。
いつも、ああなの。」


口元を上品に隠しながらクスクスと笑い、こう続ける。


「夕餉の支度が整ってます。
良ければいらしてください。」




そう云うと紫乃はレンの返答も聞かず、たたき口に座っていた老婆の手を引き、珀の後を追って奥へと行ってしまった。

その場に何とも云えぬ、儚さだけを残して……





一人、広い土間にポツンと取り残されるレン。

未だ、呆然と立ち竦む。




その理由ーーー


アヤも感じたであろうその気配に、まだそのたたきへと足を上げる気にはなれなかったのだ。



しかし、アヤは行ってしまった。

一人、此処にいるわけにもいかない。

かと云ってアヤを連れ戻す理由も、はっきりとは無い……



答えが出ないまま染み付く憶測を無理に隅に追いやり、レンは静まり返ったその古屋敷へ、足を踏み入れるしかなかったのだった。