妖勾伝

「母様!」



住の灯火がチラリと静かな闇に浮かび上がった瞬間、紫乃はそう云うが早いか駆け出していた。




目の前に静かに佇む
大きな茅葺きを乗せた、古屋敷。



紫乃に続き歩みを進めると、少し引き開けられた扉から見えた土間の先には、

磨きあげられた鼈甲色の檜の廊下が、奥へとずっと伸びているのだった。



押し黙るその大きさに、アヤとレンはその場で何も云わず立ち留まる。



「ささ…
中へと、入っておくれ。」



顔を見合わせた二人は老婆にそう云われるがまま、ゆっくりと中に足を踏み入れた。





鼻先を擽る、優しげな香の匂い。


先程、来る途中に何度か見かけた名も知らぬ華が、磨きあげられた廊下の脇に幾つか生けられている。




アヤはたたきにソッと老婆を降ろすと、歯枷に挟まれたその細く嗄れる足を見やった。




不思議と、既に出血は治まっている様に見える。

アヤが巻いた白い手拭いに、少しの血の朱を滲ませてーーー



ふと心に引っかかるものがあったが、アヤは老婆に笑顔を向けた。


「良かった…
先程の薬草が、効いているようだ。
血は、止まっているみたいです。
また後で、きちんと手当てをしておいてくださいね。」