妖勾伝

「レン…
神月が、牛鬼だという事を知っていたのか?」



耳元で、
ソッとアヤが囁いた。


強張ったレンの躰を解きほぐすその声色は、頭の芯まで疼かせる。

相対する二つの感覚に躰の弛緩を覚え、レンは漂っていた記憶の片鱗からグッと現実に引き戻された。



不意に投げられた問い。

それよりもアヤの一言に少しでも反応した躰が恥ずかしく思え、レンは目線を合わせる事なく、ただ小さく頭を縦に振って言葉を繋げた。




「……あぁ。

十年前、
牛鬼と会ったよ。」








砕けた記憶が最後の隙間を埋める様に、音を立てて其処にはまった気がした。


心のどこかで僅かに芽生えた信頼という神月への気持ちと、十年前に恐れた牛鬼という大きな存在が、重なる事を否定している自身に気付きながら。




やはり、
神月は闇。










今宵もまた、満ち月の光りを浴びてジクジクと疼きだすレンの右肩。

それはまるで、月明かりを浴びた神月が本来の姿を取り戻すのとほぼ同時だったように思える。



満ち月の一晩。

月の満ち欠けにより神月に奪われゆく闇の力。









ーーー『力を分けた、
二人の関係』



神月は、
この事を云っていたのか…





その力を留めんと、苦がる思いでレンは自身の細い肩をギュッと掻き抱いた。










「……痛むのか?」

切なる瞳で牛鬼を見上げるレンを見て、アヤはゆっくり尋ねる。





「レンの右肩に闇の傷跡を刻みつけたのは、
神月だったわけか…」


表情から見て取れるそんなレンの態度に、アヤは苦笑しながらも痛々しく息をもらした。