妖勾伝










地鳴りだけが、

ただ、
空虚に響いたように感じられた。





神月は、化け猫の怒れた四肢など諸ともせずに、場をくぐり抜けてしまったのであろう。

それを裏付ける様に、化け猫の表情が薄闇でも歪んで見えた。







辺りを覆う砂埃に瞳を細め、アヤとレンは見えぬ神月の姿を追った。



感じる、神月の気配。

更に強さを増して、見守る二人を嘲る様にどんどん濃くなってゆく。







凪ぐ風が、

瞬に爛れた。





その瞬間ーーー

おぞましい程に沸き立つ気配が、レンを激しく揺さぶったのだった。









アヤを支えながら、見やるレンの視線の先。

澱む空間に、
浮かぶ白銀の片眼ーーー


その大きさは、化け猫を遥かにしのぐ。





口にする事ないレンの心情を読み取った様に、アヤは掠れた声で漸く言葉を繋いだ。













「顔は牛、

躰は土蜘蛛を象る……


姿を人に宿して、
世を戯れ遊ぶ。」




ひしと握られた、掌。

汗ばむその掌は、熱いハズなのに冷たく感じる。

心臓が大きく胸を叩き付け、息をする事さえもままならない。



レンは滲む視界に瞳を凝らし、十年の時を越えて、その醜悪な姿を再び焼き付けた。













「……牛鬼…」









十年前、

亜狐と共に闇へと葬り去った物怪牛鬼が、満ち月の光を浴びて、
今レンの目の前でその巨駆を愉しげに唸らせている。




あの時の酷い惨事が再び脳裏に蘇がり、

レンはその蠢く大きな影に、力無く全身を強ばらせる事しか出来なかったのだった。