妖勾伝

胸一杯に広がる、
神月の香り。

苦しくなる程に打ちつける、自身の鼓動ーーー



訳も分からず揺れ動く自身の感情に、迫り来る化け猫の事も忘れ、レンは支えられた神月の腕から逃れようと躰を捩った。



「離せってばーー」






もがくレンを何とか押さえ込みながら、神月はギリギリでその爪痕から逃れていた。


際どい軌跡。



気が抜けない瞬間でも、構わずにレンはその腕の中で暴れる。


「ジッとしてろっ」








幼子の様に云う事を聞かないレンを、何とか守ろうと四苦八苦する神月の隙を付いて、

寄せられた腕にレンは思いっきり噛みついたのだった。




「いぃぃっ
ーーーてぇ…」



「わちに、
かまうな!」






そう、神月に荒々しく言葉を投げつけると、躰を引きずりながら化け猫の四肢をくぐり抜け、少し先で横たわるアヤに向かってレンは駆け出していた。







「アイツ…ーー」








押し倒された格好のまま顔を歪め、神月はその駆けてゆく背中、に小さく舌打ちしたのだった。



「やめておけ!

今宵一晩、
力を使えない貴様に何が出来る?」







必死でアヤに近づこうとするレンの背中に、声をかける神月。


アッという間に、その弱々しい背中に追いつく。





「アヤを助けたいというのなら、アヤに近づくな。

血が上った婆の狙いは、今は貴様だ。
先に婆の息の根を止める事に専念しろ!」





よろめく胸ぐらを軽々と掴みあげると、冷えた汗と血で滲むレンのこめかみをもう片方の拳で小突いた。






頭を冷やせ


と、云うようにーーー